⑥素材の選択

さて、今回は「素材の選択」についてです。プラスチックと一括りにされることが多いのですが、プラスチックにも実は多くの種類があります。ABS、アクリル、PET、ナイロンなど、聞いたことはありませんか?それぞれの素材を、ざっくりと覚えられるよう解説してゆきたいと思います。

「プラスチック素材」の名前

最初にプラスチックには何種類かの「名前」があるのです。ややこしいですね。この幾つかあるプラスチックの「名前」について説明します。

プラスチック素材には覚えるべき3つの名前があります。「正式種別名」「略称」「通称」です。 「正式種別名」はその名の通り本来の名前です。例えば橋本環奈、とかですね。 「略称」は皆がいつも呼ぶちょっと省略した名前、橋本さんとか環奈さんとかです。 「通称」はあだ名みたいなもので、ハシカンとかってイメージしてください。

プラスチックの「正式種別名」は、ポリカーボネート(PolyCarbonate)とか、ポリプロピレン(PolyPropylene)とか、アクリルニトリルブタジエンスチレン共重合体(acrylonitrile-butadiene-styrol-copolymer)とか、化学式によって決まる英語/カタカナの名前です。化学出身の人間でないと、ちょっと覚えるのに苦労しそうな名前ですよね。 そこでプラスチックは良く「略称」で呼ばれます。 ポリカーボネートはPC、ポリプロピレンはPP、アクリルニトリルブタジエンスチレン共重合体はABSというように、正式種別名をアルファベット2または3文字で簡潔に表したものです。 大抵多くの人はプラスチック素材をこの略称で呼んでいると思います。

ちなみに同じPCでも幾つかのプラスチック素材メーカーから発売され各社の「製品名」を持っています。「製品名」は個別ブランドなので、本来覚える必要はありません。でも個別ブランド名が有名になって、正式名より一般的に使われることは良くありますよね(バンドエイドとか、セロテープとか)。 同じようにプラスチック素材でも、有名なブランドがあると「通称」として全部その素材のブランドとして呼ばれることがあります。例えば「ナイロン」ですね。本当はポリアミド/PAを指しています。また「ジュラコン」も使われることがありますが、本当はポリアセタール/POMです。

どんなプラスチック素材があるの?(とっても簡単に)

さてプラスチックの素材はイメージが湧きづらいですよね。ものすごくざっくりとしていますが、大きな素材の捉え方をまとめてみました。

① オレフィンかスチレンか

まずはプラスチック素材の二巨頭、オレフィン系とスチレン系を知っておいてください。

オレフィンは言わばロウのようなプラスチック。このオレフィン一家に属するのが次のプラスチックです。

  • 低密度ポリエチレン(LDPE)
  • 高密度ポリエチレン(HDPE)
  • ポリプロピレン(PP)

オレフィン系は、乳白色で柔らかく、ロウのようにヌメッとしているのが特徴で、家庭雑貨に多く使われています。

対してスチレン系は硬いプラスチック。このスチレン一家に属するのが次のプラスチックです。

  • アクリルニトリルブタジエンスチレン共重合体(ABS)
  • アクリルニトリルスチレン共重合体(AS)
  • ポリスチレン(PS)

スチレン系は基本は硬く、ツルツルしていて発色が良いのが特徴で、家電製品に多く使われています。

② 古参メンバーか新興勢力か

次に知って頂きたいのは、使われる量がとても多い素材のうち、昔からある素材(古参メンバー)か、比較的最近になって台頭してきた素材かというグループ分けです。

古参の素材としては、屋外で雨どいなどに使われる塩化ビニール(PVC)や、透明素材の代名詞メタクリル樹脂(PMMA)、これはアクリルという方が通りが良いですね。そしてポリアミド(PA)、こちらもナイロンという名前が分かりやすいでしょう。

新興で増えた素材としてはポリカーボネート(PC)やポリエチレンテレフタレート(PET)があります。

③ その他の仲間たち

その他に覚えておきたい素材として、まずスーパーエンプラが挙げられます。

これは従来のプラスチック素材(汎用プラ、エンプラ)と比較して耐熱温度や剛性が遙かに高い素材です。機能が高い分、値段も高いため使われている量はそこまで多くありませんが、現代生活に必須となりつつある素材です。 そして特殊用途の素材として、歯車などに多く使われるポリアセタール(POM)や、ゴム代替として使われる柔らかいプラスチック、熱可塑性エラストマー(TPE)なども覚えておきたい素材です。

以上3つの区分けで挙げた6グループで、市場に流通しているプラスチックの9割以上は抑えていることになります。まずはこれらのプラスチックを覚えておきましょう。

因みにプラスチックはこれらの他にも非常に多くの種類があるので、本業の方以外は分からなければその都度調べてゆくほかないと諦めるしかないと思ってください。

使い方ごとの樹脂の選び方(とっても簡単に)

① 特に要望が無い場合に最初に選定される素材

特に要望がない場合、価格が安くて問題が発生し辛い、汎用材料が一般的に選ばれます。このような汎用素材として、下記の素材が良く使用されています。

  • ポリスチレン(略称:PS)
  • アクリルニトリルブタジエンスチレン共重合体(略称:ABS)
  • ポリプロピレン(略称:PP)
  • ポリエチレン(略称:PE)

硬いものであればABSやPSが、柔らかいものであればPPやPEが使用されています。

② キレイな外観の製品が欲しい時

ケースなどの外観部品としては、発色の良さからスチレン系の素材が良く使用されます。透明な素材ではメタクリル樹脂/アクリルも良く選択されます。

  • アクリルニトリルブタジエンスチレン共重合体(略称:ABS)
  • ポリスチレン(略称:PS)
  • アクリルスチレン(略称:AS)
  • メタクリル樹脂(略称:PMMA)

外観部品としてはやはりABSが非常に優れています。ABSはまた樹脂の中で唯一メッキが出来る素材でもあり、外観向きです。ABSの代替材料として、より安いPSやASが使われることもありますが、いずれもABSに比べてやや割れやすいことに注意してください。割れ易さではPMMAは非常に硬脆いので注意して使ってください。

③ 落として壊れては困る部品(耐衝撃性)

  • ポリカーボネート(略称:PC)
  • ポリカABS(略称:PC-ABS)
  • 塩化ビニール(略称:PVC)

特に落として割れたりして困る部品にはPCが使われます。新興グループとしてPCが使用されるようになったのは、その強靭さが認められた為とも言えるでしょう。非常に強靭で、機動隊の盾にも使われるほどです。また外観の美しさも欲しい場合、ABSにPCを混ぜ合わせたPC/ABSが使われることもあります。PCほどの強度はありませんが、ABSより遥かに強くなるためです。ただ材料価格はかなり高価になります。古参の材料のなかではPVCは中々の強靭さを有していますが、ダイオキシンが出るという誤解から嫌われてしまい、近年は屋外用途以外で使用される機会は余りありません。

④ 透明さが必要となる場合

  • メタクリル樹脂(略称:PMMA)
  • ポリカーボネート(略称:PC)
  • アクリルニトリルブタジエンスチレン共重合体(略称:ABS)
  • 塩化ビニール(略称:PVC)

透明な素材の代表はメタクリル樹脂(=アクリル)です。表面も大変硬く、傷が付きにくいのですが非常に割れやすい点が欠点で、落とすとすぐに割れてしまいます。最近は割れにくくするためにゴム成分を添加したアクリルが普及していますが、ゴム成分を添加した分透明度が落ちてしまい、アクリル本来の魅力が減ってしまう点には注意です。

PCは透明度が高く、かつとても割れにくい素材ですが、キズがつきやすい点が欠点です。眼鏡レンズはほとんどPCですが、キズを避けるためガラスの薄い皮膜が表面コートされています。

透明グレードのABSもありますが、こちらの透明度はあまり高くなく用途が限られます。PVCにも透明グレードがありますが、コストと透明度のいずれも魅力が低く近年は使用が減っています。

なおPETボトルは透明ですが、素材そのものが透明なのではなく、薄いフィルムに延伸する際透明になる特性によるものなのでこの中からは外しました。

⑤ 熱がかかるところで使いたい(耐熱性)

プラスチックは原則として熱に弱い素材です。その中でも耐熱性を上げたものをエンプラとか、スーパーエンプラなどと呼んでいます。有名な耐熱材料としては、次のようなものがあります。

  • ポリカーボネイト(略称:PC)
  • 変性PPE(略称:mPPE)
  • ポリアミド(略称:PA)
  • ポリフェニレンサルファイド(略称:PPS)

耐熱プラスチックの代表格はPCで、エンプラの中では比較的安価で使い易い素材です。mPPEはABSの仲間とも言え、昔は耐熱プラスチックの主流でした。しかし価格が高く成形性が良くないので使われなくなりつつあります。PAは毒性の低さから医療器具用途で使用されます。高温で使用される場合は、ガラス繊維の入った複合グレードが使われることが多いようですが、扱いの面倒さと価格の高さから利用量は減っています。最近急増したスーパーエンプラとしてPPSが良く知られます。自動車のエンジンルーム内用や半導体周辺部品などに使われています。

⑥ ヒンジやグロメット、インシュロックなど、曲げるところに使う

  • ポリプロピレン(略称:PP)
  • ポリアミド(略称:PA)

ケースなどでは、ヒンジ部分も一体になっているプラスチック部品があります。上下のケースを薄い部分がつなぎ屈曲する構造になっている箱など、記憶にありませんか?PPはこのようなヒンジ一体型のケースを作る際によく使われています。グロメットやインシュロックはこのような曲げ特性だけでなく強度や耐久性が必要なので、PPではなくPAで作られます。

⑦ 歯車のような機構部品

歯車については自己潤滑性と耐摩耗性が必要になるので特殊用途の素材か、一部のスーパーエンプラが使われることが多いです。

  • ポリアセタール(略称:POM)
  • フッ素樹脂(略称:PTFE)
  • ポリアミド(略称:PA)
  • ポリフェニレンサルファイド(略称:PPS)
  • ポリエーテルエーテルケトン(略称:PEEK)

一般的に一番使用されているのがPOMです。POMは安価で滑り性が良く、耐衝撃性も良い材料です。耐熱性が要求される場所では、PAやPPSが代わりに使われます。より高い耐熱性や耐薬品性が求められる時にPEEKやPTFEが使われますが、これらの素材を使うと製品単価が飛躍的に跳ね上がってしまうので、かなり特殊な場合しか使用されていません。

⑧ 薬品がかかる(耐薬品性)

酸やアルカリといった薬品がかかる場所では、オレフィン系の素材か、スーパーエンプラが使用されます。具体的には以下のようなものがあります。

  • ポリプロピレン(略称:PP)
  • ポリエチレン(略称:PE)
  • ポリアミド(略称:PA)
  • 変性PPE(略称:mPPE)
  • ポリフェニレンサルファイド(略称:PPS)
  • ポリエーテルサルホン(略称:PES)
  • フッ素樹脂(略称:PTFE)
  • ポリエーテルエーテルケトン(略称:PEEK)
  • テフロン(略称:PTFE)

大体どの素材も全ての薬品に強いという訳ではなく、想定される場面ごとに使い分ける必要があります。ただ非常に高額ですがこのうちPTFEはかなり幅広い薬品に耐性があります。

⑨ 屋外で使いたい(耐候性)

意外に知られていないことですが、ほとんどのプラスチックは太陽の光にとても弱いのです。太陽光に含まれる紫外線によって素材が劣化して、割れたり壊れたりしてしまいます。そのような屋外では以下の素材が選ばれます。

  • 塩ビ(略称:PVC)
  • ポリカーボネート(略称:PC)
  • アクリル(略称:PMMA)
  • エーイーエス樹脂(略称:AES)

屋外で一番良く使われているのがPVCです。雨樋や塩ビ管などでおなじみですが、塩ビは耐候性がとても良い材料です。一時期燃やすとダイオキシンが出るということで大変に嫌われましたが、実は非常に優れた材料なので今でも多くの建築材料には塩ビが使われています。またポリカーボネートとアクリルもたまに使われることがあります。多くはその素材の透明さを生かして、透明屋根などに使われています。製品としては、AESが耐候性が高いとして知られていますが、この材料も比較的高額です。基本的にプラスチックを屋外で使うことは余りお勧めできませんが、それでも上記の素材はかろうじて屋外で使用されることに耐えうるでしょう。

⑩ 食品衛生法の基準をクリアしたい

食品用途に良く使われる素材は、圧倒的にオレフィン系素材が選ばれます。

  • ポリエチレン(略称:PE)
  • ポリプロピレン(略称:PP)

最も良く使われているのはPEです。安価で低温特性も良く、異物の溶出もほぼありません。PPはPEより少し高いですし、耐熱も低いことが多いのですが、やはり安全な材料として使われます。

⑪ 量を使うので、安くしたい

雑貨など、とにかく素材の費用を下げたいときに使用されるのが下記の素材です。

  • ポリプロピレン(略称:PP)
  • ポリエチレン(略称:PE)
  • ポリスチレン(略称:PS)
  • アクリルニトリル・スチレン共重合体(略称:AS)

オレフィン系であればPPとPEです。主に家庭雑貨や食品容器などに使われるでしょう。スチレン系であればPSやASが安価になります。ただこれらの素材は割れやすい点に十分な配慮が欠かせません。

⑫ 柔らかい

身体につけたり、質感が求められたりすることから、柔らかい素材が流行っています。従来はゴムで製作していましたが、コスト面から加工費の安いプラスチック系材料に置き換わりが進んでいます。これらの柔らかいプラスチックとして下記の素材が挙げられます。

  • ポリエチレン(略称:PE)
  • シリコーン(略称:SI)
  • 熱可塑性エラストマー(略称:TPE)

ポリエチレンは重合度合によって硬さが変わる便利な素材なので、かなり柔らかいものまで流通しています。また安価で無毒なので食品系には多く使われていますが、熱に弱い点が弱点です。エラストマーは素材名ではなくて、他の種類に含まれない柔らかい熱可塑性プラスチックの総称です。ですからエラストマーの中には色々な種類があるのですが、総じて高額な素材が多いです。それでも加工費自体は安くなるので、近年ゴムからエラストマーへの代替が進んでいます。シリコーンは耐熱性も良く、不純物が少なく体に与える問題が少ない材料です。高額な材料なので、特に医療用途で普及が進んでいます。

如何でしょうか?一部とはいえ、それでもかなりの種類を紹介したので頭が飽和してしまうかもしれません。覚えなくても良いですが、時々参考にして頂ければと思います。